野田城址(玉川4丁目)

玉川4丁目付近と見られ、旧字城の内と呼ばれる。元亀2年(1570)三好山城守が野田城(砦)を築き織田信長に抵抗したが、天正年中には遂に信長の旗下となる。この頃は石山合戦の最中であり、一向宗徒を攻め立てたが、10年間も落ちなかったのは各地の念仏宗徒が信仰の力を持って守り通した事を物語っている。