我がライオンズ人物伝 (1)  栖川 隆道

 

私は15年程前から、NPO法人インドマイトリの会の活動に参画をしております。会の設立目的は、インドの北部、UP州クシナガラの地に於いて子どもたちのための教育支援活動であります。クシナガラはゴータマ・ブッダ、つまりお釈迦さまが亡くなられた涅槃の地です。町の中心に大きな白亜の涅槃堂があって、中に釈尊の涅槃像がまつられています。周辺には世界の仏教国、タイ、ミャンマー、スリランカ、韓国、チベット等の寺院が数多く建てられていて、仏教の一大聖地になっています。日本の寺院も何ケ寺かあります。

しかし、少し目を周辺に転じてみますと、地に這いつくばったような無数の集落が各所に点在しているのが見受けられます。土埃を被った藁屋根、土壁、土間の家々です。子どもたちが裸足で走り回り、牛たちが寝そべっています。

地べたで勉強する子ども達②
地べたで勉強する子ども達②

 

20年程前、日本ではインド仏跡巡拝旅行が盛んでした。旅行団は釈尊の聖地で法要を行うのですが、平日でもいつも何百人もの子どもたちが集ってきました。お供え物をもらうためです。ある時、旅行の主催者がこの子どもたちの勉強はどうなっているのか疑問に思い、学校らしき場所を尋ねてみますと、それは竹の柱に藁屋根の下で、子どもたちは地べたに座り、石板にチョークの粉を溶いた水で字を書き勉強している姿にショックを受け、仏教徒として何か手助が出来ないかと考えて立ち上げたのがインドマイトリの会です。初めはNGOとしてでしたが、5年前(2005年)にNPO法人の認可を受け、活動が力強くなりました。

 

 釈尊涅槃の聖地クシナガラは、現在ヒンズー教徒がほとんどですが、その昔、釈尊がインド各地を説法して歩かれていた時、釈尊を信奉する多数の人々がお世話をしていたと思われます。釈尊はこのクシナガラに来られた時、信者の供養を受けられ、その食あたりで一命を落とされました。世話をしていた人々はこの地に止まって、釈尊荼毘の後、遺骨を守りまつり続けました。時代が変わりヒンズー教となった現在もこの地の人々は釈尊を敬い慕い誇りに思っています。私たち仏教徒は、釈尊のお陰で現在があるのだと思うのです。その報恩と感謝の心の一部でも当時釈尊の世話をしていただいた人々の末裔に何か恩返ししなければとの思いが、この活動を始めた理由の一つでもあります。

インドマイトリの会が建設した校舎
インドマイトリの会が建設した校舎

 

インドマイトリの会は今までに35校の小学校をクシナガラの各地に建て贈呈してきました。いずれも鉄筋レンガ造りで4教室と教員室、それにベランダ付きの校舎です。一校約250万円で、全国の賛同者の寄付金と各種団体の助成金により建てられます。新しい校舎の下で、雨の日も夏の炎天下でも子どもたちは安心して勉強に励めることになります。集落によっては、初めての鉄筋の建物で、学校としてだけでなく、休みの日には村の集会や結婚式にも利用されています。

 

 インドマイトリの会は子どもたちに教科書、ノート、ボールペンを配布しています。親は子どもたちのためにそれらを買ってやれないからです。教科書は、低学年用は三冊で180円、高学年用は四冊で380円です。ノート一冊14円、ボールペン一本4円です。日本のノートを貰うことがありますが、紙が良すぎてインドでは不向きです。ざら紙のノートがヒンディ語を書くのに適しているようです。幼稚園等から使って短くなった鉛筆を沢山いただきますが、これはやはり先方に失礼です。

 

インドの冬には零度近くになることもあります。破れた薄い服で登校してくる子どもたちのためにセーターを配ります。始め日本で集めたセーターを配りましたが、親たちが売ってお金に変えてしまうので、現地で調達することにしました。一着約250円です。初めて新しいセーターを着た子どもたちの嬉しそうな顔に癒されます。ただし予算の都合で5年間に一度しか配れません。1年生の時に貰った子どもは5年生ぐらいになるとチンチクリンですが、それでも着ています。

 

 子どもたちは知識欲旺盛です。それに応えようと現地事務所の部屋を使って図書館活動を始めました。現地では図書はまだまだ高価で、児童図書を見ることもありません。日本の賛同者に図書指定寄付をしていただき一冊ずつ増やしています。現地で購入したり、日本の児童図書にヒンディ語の訳を付けたりして、本棚が充実してきています。本を手にとって食い入るように見ている子どもたちにインドの明るい未来を予感させるものがあります。

昨年設置した便所
昨年設置した便所

 

昨年から学校にトイレ設置活動を始めました。集落の家々のほとんどにトイレはありません。大人も子どもも畑とか野原で済ますようです。学校の周りは砂糖黍畑が多く、子どもたち特に女の子はその畑に入って用を済ましているようです。しかし、収穫時期になると砂糖黍は全て刈りとられてしまうので事態は深刻になるのです。インドの人は紙を使わないので一見何もないように見えますが、畑や野原にはうっかり入れません。トイレは建物と井戸がセットになります。約25万円で建てられますが、建ててからの後の維持、つまり清掃が問題になります。誰も掃除をしません。子どもたちに掃除をさせると、親が怒ってきます。掃除をするような身分ではないというのです。トイレ設置の希望校には建設後の掃除の確約を条件としていますが、どうなることか案じられます。

 

 新聞テレビ等で報じられているインドは、IT産業を始め経済発展国のシンボルのようにいわれていますが、中央に資本が集中しクシナガラのような農村地帯の最貧困地帯は、余計に見捨てられて一層貧困の度合いを増しているようです。IT教育の必要性がいわれていても、電力供給が不安定ですから自家発電を持った金持ちしかパソコンも使えません。何千年も続く社会制度も大きな足枷となっています。私たちが行う教育支援活動も、小学校を終 えた子どもたちのために中学校の支援を考えましたが、初等教育以上はインド政府が許可しません。読み書きソロバンまでは施しても、それ以上の知識、能力を持たせたくないのです。上層部の行為を庶民に知られたくないからかもしれません。

 

何年もインドに関わっていますが、未だに不可解なことばかりです。私たちの力でできる範囲での教育支援活動ではありますが、少しずつ子どもの教育に対する親の理解も深まり、教育の大切さを考えるようになってきています。将来この子どもたちの中からインドの社会的貧困と何千年と続く社会的制度に立ち向かう者が出てくるに違いない、との希望を持ってインドマイトリの会は取り組んでおります。(この会の更なる詳細はお尋ねください。)