二十一人討死の古跡 円満寺・極楽寺(玉川4丁目)

天文2年(1533)8月、世は正に戦国時代である。本願寺法王証如は要地としての野田福島を見聞しようと少数の家臣とたずねた時、敵の軍勢佐々木六角弾正の伏兵に不意をつかれ、あわや最後のその時、二十一人の百姓衆の決死の防御に難をまぬがれた。その御書が両寺に残っている。